2009年07月09日

江ヶ崎跨線橋

ある日、新聞を読んでいると
どこかで見たことのある、橋の写真が
載っていました。
記事を、よく読んでみると・・・

かつて「東洋一」と言われた
貨物列車中継基地「新鶴見操車場」の跡地のシンボル
「江ヶ崎跨線橋」(全長約180m)の解体工事が、本格化する。

・・・読売新聞より、抜粋。

「ん?新鶴見操車場?江ヶ崎跨線橋?」
うちから、歩いて行ける所じゃん。

というわけで早速、行ってみました。
こちらが、新鶴見操車場の跡地。
遠くに見えている橋が、江ヶ崎跨線橋です。
kaz-6etc 010-1.jpg

1929年(昭和4年)に完成し、91年に
「かながわの橋100選」にも、選定された、土木遺産。

・・・読売新聞より、抜粋。

近づいてみると、すでに一部、解体作業が始まっていました。
kaz-6etc 014-1.jpg

橋の隣には、歩行者と自転車が通れるように
仮設の橋が、作られています。
kaz-6etc 016-1.jpg

よく見ると確かに、だいぶ老朽化していますね。
kaz-6etc 027-1.jpg

江ヶ崎跨線橋のそばには、他にも橋が
いくつも、架けられているので
Oつがいが、この橋を渡る機会は
ほとんど、ありませんでした。
こうして、閉鎖されているのをみると
「もっと通っておけばよかったな」と、哀惜の気持ちも。
kaz-6etc 029-1.jpg

さらに、読売新聞の記事によると・・・
鉄骨は、英国からの輸入品で
西側2連(約125m)は、垂直と斜めの鉄骨を組み合わせた
「プラットトラスト構造」。
1896年(明治29年)に架けられた、常磐線の隅田川鉄橋を転用した。
東側1連(約30m)は、鉄骨を直径約20cmの
巨大接合ピンで留めた「ポニーワーレントラス構造」で
東北本線荒川鉄橋から、転用された。

いずれにしても、とても貴重な文化遺産のようです。
近隣住民や、横浜市などからは
「何らかの形で、後世に伝えたい」という声が
あがっている、とのことでした。

いい形で、残せるといいですね。


posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:09| ☁| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
普段は気にすることのないのに、なくなるとなる
と妙に寂しく感じるのはなぜでしょうね。
橋の撤去と言えば、近年では山陰本線の余部鉄橋
が記憶に新しいところですが、やはり遠いところ
のお話、身近な建造物がなくなるのを目の当たり
にしたときの思いの方が強いように思います。
以前、知人がこのあたりに住んでいて、この周辺
は何度か足を運んだことがあるのでなんとなく
わかる気がします。もしかしたら、この橋も渡った
ことがあるかもしれません。
鶴見操車場の跡地はいまだ広大な空き地のまま
なのでしょうか?
Posted by N水 at 2009年07月11日 11:35
N水さん、こんばんは。
そうですか!この辺りを
ご存知なんですね。
新鶴見操車場の跡地には、だいぶマンションが建って
空き地も、少なくなってきました。
子供たちの遊び場も、だんだん少なくなってしまいますね。
O夫

大手メーカーのビルに、マンションに
それ目当ての大手商業施設も、建ちました。
Oつまが知っている間だけでも、ずいぶんと
変わりました。
それでも鶴見操車場は、鉄道愛好家の間では
まだ立派に「貨物の聖地」らしく
巨大なカメラを持った男子が、そこここに
見受けられます。
Oつま
Posted by Oつがい at 2009年07月11日 21:34
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。