2010年08月31日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-2-

やってきたのは、日蓮宗 了源寺。
kazetc-Jun4 043-1.jpg

このお寺にあるのが、軽部五兵衛のお墓。
kazetc-Jun4 045-1.jpg

で、当然、軽部五兵衛って、誰?と、なる訳ですね。

五兵衛さんは、この了源寺から、徒歩で、30分位行った所にある
称名寺の近くに、大きな家を構え、広大な田畑を所有していました。
たまたま、赤穂藩浅野家の、江戸屋敷に出入りして
まぐさの納入や、下掃除などをしていたことがあり
大石良雄はじめ、忠臣蔵で有名な浪士が、討ち入り前に
五兵衛宅で身をひそめ、あだ討ちの一拠点になったそう。
それでは、称名寺へ、行ってみましょう!

ここが、称名寺。
kazetc-Jun4 006-1.jpg

入り口には、赤穂義士縁の寺と刻まれた、碑があります。
kazetc-Jun4 008-1.jpg

五兵衛さんの家に住んでいた、浪士の1人である
富 森助右衛門(とみのもりすけえもん)の縁で
大石良雄・大高源吾・堀部弥兵衛ら、赤穂浪士の遺品や
1744(延享元)年の、紙本著色四十七士像(しほんちゃくしょくしじゅうしちし)が
収蔵されているそうです。
写真の案内板の、左側に写っているのが、紙本著色四十七士像。
遺品は年1回、討ち入りにちなんで、12月14日に公開されるとのこと。
kazetc-Jun4 009-1-1.jpg

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート、、まだまだ続きます。


posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:35| 神奈川 ☀| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。