2010年09月01日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-3-

赤穂浪士に縁のある、お寺を見学した後、やってきたのは
塚越にある「御嶽神社」。
神社のそばに、塚越の地名の由来となった、円墳があり
御嶽神社創建時に、この円墳の一部が、盛り土として使われた際
刀剣や、南北朝時代の物と考えられる板碑が
出土したそうです。
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御嶽神社の、斜め向かいにあるのが「浄土宗 東明寺」。
当時の住職が、鷹狩に訪れた徳川家康の、給仕をした際に
家康から身分を問われ、東にある小庵の主、と答えたことから
「東明寺」の名が、つきました。
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ここには、紙本着色閻魔府之図(しほんちゃくしょくえんまふのず)が
収蔵されていますが、残念ながら、一般公開はされていないとのこと。
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もう1つ、江戸末期の作といわれる
酒造りの過程を描写した、絵馬も所蔵しているそうです。
絵馬の右下には、当時の塚越で最も大きな
造り酒屋の名前が、記されています。
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東明寺から、徒歩で10分〜15分くらいのところにある
古川と、呼ばれる地域まで移動。
ここには「石井家の長屋門」が、あります。
北条氏政を祖先とする、古川の石井家には
氏政と関わりのある遺品が、今でも残っているそう。
子孫の方が、住んでいらっしゃるので
この長屋門以外は、見学不可です。
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「石井家の長屋門」のすぐ先に、幸文化センターがあります。
この場所には、川崎市内最初の近代水道
「戸手浄水場」が、ありました。
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戸手浄水場が完成したことで、飲料水に恵まれなかった
川崎町の水事情が、一変。
戸手浄水場は、大正13年〜昭和43年まで
この場所に、あったそうです。
記念碑のすぐそばには、小さな噴水があり
かつて浄水場があった事を、わずかに、偲ばせています。
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この後は、小倉方面に移動します。


posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:46| 神奈川 ☀| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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