2010年11月24日

トルコ展

Oつまが、金沢旅行を楽しんでいる頃
O夫は、東京駅の大丸で開催されていた
トルコ展に、出かけてきました。
会場では、トルコの名産品などが
多数、展示販売されていましたが
どれも、それなりのお値段で
なかなか、手が出ない。
そんな中、見つけたのが、こちら。
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トルコ産の、百花はちみつに、ローズヒップジャム
ローズジャムに、ドライ・イチジク。
蜂蜜や、ジャムが大好きな、Oつまに購入。
ドライ・イチジクは、洋酒にあわせたら
美味しそうだったので、つい・・・
百貨店は、時々面白いイベントをやるので
マメに、イベントチェックを、しておくといいですね!
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:18| 神奈川 ☁| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

水天宮〜門前仲町

Oつがいの通っている眼科で
いつも、眼精疲労のマッサージをしてくれている先生に
赤ちゃんができ、お仕事を退職することになりました。
そこで、今までの感謝の気持ちを込めて
安産祈願のお守りを、手に入れようと
箱崎にある、水天宮まで、行ってきました。
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しかし、水天宮は、もの凄いことになっていました。
Oつがいは、20年以上前の、この近辺を知っていますが
昔の、のどかな面影は、もはやなく・・・
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せっかく水天宮までやってきたのに、残念でしたが
ここでのお守り購入は、諦め
散歩をかねて、お隣の門前仲町へ、足を延ばしてみる事に。
途中、橋の上からは、建設中の
東京スカイツリーが、見えました。
肉眼で見たのは、この日が初めてのOつま、大喜び。
まだまだ、完成は先ですが
この時点で、すでに、東京タワーより、高いそうです。
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門前仲町に到着し、富岡八幡宮へ。
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ここで、無事、安産のお守りを購入。
出産予定日は、たしか8月末とのことでした。
もう、連絡をとることもかないませんが、どうか
赤ちゃんと、お元気で過ごしていらっしゃいますように。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:23| 神奈川 ☁| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-4-

古川地区から、徒歩で約30分ほどかけて
小倉と呼ばれているエリアへ、やってきました。
まずは、案内板にあった「小倉のトマトソース工場」を目指したのですが
探せど、探せど、見つからない。
1時間近く、小倉の町を彷徨っていたら
次の目的地「無量院」へ着いてしまいました。
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この無量院には「竜灯観音」の伝説が、あります。
話としては、浦島太郎の伝説に、よく似ていて
主人公の老爺が、玉手箱を空けたら、死んでしまい
箱の中には、観音と竜のうろこが、残っていました。
悲しんだ妻の老婆は、その観音を、無量院本堂の胎内におさめ
うろこは、堂の前の常明灯におさめました。
以来、本堂の前にある松の木に、灯りがともるようになったとか。

もう1つ、この無量院の歴史遺産は
石灯籠(庚申搭)。
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灯籠の火袋部分には地蔵菩薩像、竿の部分には三匹の猿。
六地蔵信仰と、庚申信仰をかねた、とても珍しい形で
しかも、川崎市内に残る庚申搭の中では、最も古いものだそうです。
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無量院の後は、小倉用水に向かう予定だったのですが
小倉のトマトソース工場を探すのに、あまりにも時間を費やしてしまった為
次回に持ち越し、ルートを変更して、加瀬地区にある
加瀬山へ、移動しました。

加瀬山の麓には「南加瀬貝塚」が、あります。
関東地方では珍しい、弥生時代の貝塚で
出土した土器は、わが国における縄文、弥生時代を区分する
最初の土器として、重視されたそう。
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加瀬山を、とことこ登っていくと
中腹あたりに「加瀬山第3号墳」の案内を、発見。
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「加瀬山第3号墳」についての、案内板。
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入り口は、格子があり、中に入ることはできません。
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格子の隙間から、中を覗くとこんな感じ。
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地元では、加瀬山は、夢見ヶ崎と呼ばれていますが
それは、こんな伝説にちなんでいます。
江戸城で有名な武将、太田道灌が
見晴らしが良く、城を築くのに最適だと
ここ加瀬山に陣を敷いた、その晩に
一羽の鷲が、自分の兜を持ち去る夢を見たため
築城を、諦めたというのです。

ちなみに、加瀬山の標高は29,4m。
先ほど見学した、加瀬山第3号墳をはじめ
ここは、市内屈指の遺跡の宝庫で、夢見ヶ崎古墳群と
呼ばれています。
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今はほとんど、消失してしまいましたが
加瀬山の西側には、白山古墳跡があります。
古代の武蔵国で最も古く、有数の大型前方後円墳です。
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この石柱を辿ると、古墳のあった場所の一部を
辿る事が、できます。
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奥の、緑のところが、古墳のあった場所。
発掘調査では、高価な副葬品が、多数出土したそうです。
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加瀬山を降りる頃は、あたりも、だいぶ暗くなってきたので
他の名所旧跡は、次回のお楽しみにとっておき
最後に「わが国最初の工業用水」へ。
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昭和14年、わが国最初の公営の工業用水として
1日に、2万7千トンの取水が行われ
昭和49年まで、平間浄水場から
臨海部の工業地帯へ、供給されていたそうです。
今では、カモの休憩地(笑)
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川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜。
思っていたより、はるかに広範囲なうえ
案内板が消失していて、わかりづらい旧跡などもあり
とても、全部は見学しきれませんでした。
次回は、行けなかった場所を中心に
再チャレンジしてみようと、思います。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 23:27| 神奈川 ☁| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月01日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-3-

赤穂浪士に縁のある、お寺を見学した後、やってきたのは
塚越にある「御嶽神社」。
神社のそばに、塚越の地名の由来となった、円墳があり
御嶽神社創建時に、この円墳の一部が、盛り土として使われた際
刀剣や、南北朝時代の物と考えられる板碑が
出土したそうです。
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御嶽神社の、斜め向かいにあるのが「浄土宗 東明寺」。
当時の住職が、鷹狩に訪れた徳川家康の、給仕をした際に
家康から身分を問われ、東にある小庵の主、と答えたことから
「東明寺」の名が、つきました。
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ここには、紙本着色閻魔府之図(しほんちゃくしょくえんまふのず)が
収蔵されていますが、残念ながら、一般公開はされていないとのこと。
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もう1つ、江戸末期の作といわれる
酒造りの過程を描写した、絵馬も所蔵しているそうです。
絵馬の右下には、当時の塚越で最も大きな
造り酒屋の名前が、記されています。
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東明寺から、徒歩で10分〜15分くらいのところにある
古川と、呼ばれる地域まで移動。
ここには「石井家の長屋門」が、あります。
北条氏政を祖先とする、古川の石井家には
氏政と関わりのある遺品が、今でも残っているそう。
子孫の方が、住んでいらっしゃるので
この長屋門以外は、見学不可です。
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「石井家の長屋門」のすぐ先に、幸文化センターがあります。
この場所には、川崎市内最初の近代水道
「戸手浄水場」が、ありました。
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戸手浄水場が完成したことで、飲料水に恵まれなかった
川崎町の水事情が、一変。
戸手浄水場は、大正13年〜昭和43年まで
この場所に、あったそうです。
記念碑のすぐそばには、小さな噴水があり
かつて浄水場があった事を、わずかに、偲ばせています。
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この後は、小倉方面に移動します。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:46| 神奈川 ☀| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月31日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-2-

やってきたのは、日蓮宗 了源寺。
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このお寺にあるのが、軽部五兵衛のお墓。
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で、当然、軽部五兵衛って、誰?と、なる訳ですね。

五兵衛さんは、この了源寺から、徒歩で、30分位行った所にある
称名寺の近くに、大きな家を構え、広大な田畑を所有していました。
たまたま、赤穂藩浅野家の、江戸屋敷に出入りして
まぐさの納入や、下掃除などをしていたことがあり
大石良雄はじめ、忠臣蔵で有名な浪士が、討ち入り前に
五兵衛宅で身をひそめ、あだ討ちの一拠点になったそう。
それでは、称名寺へ、行ってみましょう!

ここが、称名寺。
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入り口には、赤穂義士縁の寺と刻まれた、碑があります。
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五兵衛さんの家に住んでいた、浪士の1人である
富 森助右衛門(とみのもりすけえもん)の縁で
大石良雄・大高源吾・堀部弥兵衛ら、赤穂浪士の遺品や
1744(延享元)年の、紙本著色四十七士像(しほんちゃくしょくしじゅうしちし)が
収蔵されているそうです。
写真の案内板の、左側に写っているのが、紙本著色四十七士像。
遺品は年1回、討ち入りにちなんで、12月14日に公開されるとのこと。
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川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート、、まだまだ続きます。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:35| 神奈川 ☀| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

川崎歴史ガイド 夢見ヶ崎と鹿島田ルート-1-

筑波山に、登りに行こうと思っていたのですが
どうも、天候が思わしくなかったので、中止に。
そこで、以前から案内板を見て、気になっていた
川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜を、辿ってみました。
最初は「楽勝、楽勝」なんて、考えていたのですが
歩き始めてみると、これが意外と広範囲。
見学した場所も、かなりの数になった為
本日から、何回かに分けて
「川崎歴史ガイド〜夢見ヶ崎と鹿島田ルート〜」を、レポートします。
 
こちらが、ルートマップ。
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最初は、ルートマップから、一番近い「大師堀」へ。
江戸時代に、14年の歳月をかけて建設された
県内最古の、農業用水「二ヶ領用水」の一部です。
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現在は、こんな形で親水化され、当時の名残りを見ることができます。
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「そういえばこの先に、何かの碑があったな?」と、思い出し、行ってみると
ドンピシャ!「町田堀」の碑でした。
このあたりで、先ほど見た「大師堀」と、この「町田堀」に
分岐していたそうです。
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残念ながら「町田堀」は、すでに埋め立てられたようで
用水路が流れていたらしき場所は、色付けされた道で、表現されていました。
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次回は、赤穂浪士に縁のあるお寺を、訪ねてみます。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:28| 神奈川 ☁| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

潜酔酒場

サイパンで、いつもお世話になっている
ダイビングショップのボス、H氏と
スタッフの、MIYUKIちゃんが、そろって緊急帰国との
一報が入りました。
ダイバーによる、ダイバーの為のBarにて
二人を囲む、飲み会が開催されるということで
Oつがいも仕事の後、駆けつけることに。
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会場には、サイパンのお店の常連さんをはじめ
嵐の宇佐美で、Oつがいと一緒に潜ったことのある
MIYUKIちゃんの兄弟子、Tskashiさん。
そして、MIYUKIちゃんの師匠も、来店していました。
和やかな雰囲気の中、お互いの近況報告や、海の話で
おおいに盛り上がり、気が付けば、終電ギリギリ。
大慌てで、電車に飛び乗り、帰宅しました。
実に楽しいひと時でした。
MIYUKIちゃん、今度は、いつ会えるかな?
タグ:潜酔酒場
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:10| ☔| Comment(0) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

スイミングスクール親睦会

Oつがいは、毎週土曜日
スイミングスクールに、通っています。
同じクラスには、今までに最多で10人近い
生徒さんがいて、とても仲が良かったのですが
久しぶりに、その皆さんとの親睦会が、ありました。
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当時、教えてくださっていたKインストラクターは
昇進して、現在はマネージャーに。
他のメンバーの方たちも、徐々に他の曜日へ移動し
土曜日のスクールに、今でも通い続けているのは
ダイビング仲間でもある、ymbさんと
Oつがいの、3人のみです。
この親睦会も、今回が最後かもしれません。
元メンバーの皆さん、たまに振り替えでお邪魔する時には
よろしくお願いしますね。

余談ですが、親睦会の席で、Kマネージャーから
鮎ラーメンなるものの存在を、聞きました。
彼の話によると、かなり美味しいらしい。
会場のお店に近く、場所は確認済みなので
近々、取材に行ってきます。
お楽しみに!
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 23:00| 🌁| Comment(4) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

古代カルタゴとローマ展

大丸東京店の、大丸ミュージアムで開催されていた
チュニジア世界遺産
「古代カルタゴとローマ展」
〜きらめく地中海文明の至宝〜を、見に行ってきました。
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大丸ミュージアムは、それ程広くないので
展示内容や規模は、こじんまりとしていましたが
何しろ、ほとんどの展示品が、日本初公開。
ハンニバル将軍で有名な、カルタゴ軍の
唯一の遺物であるとされる、豪華な鎧など
地中海文明好きには、見逃せない展覧会でした。

展示は、2部に分けて構成されていました。
前半は、最新の考古学が解明しつつある、カルタゴ国の文化。
後半は「北アフリカのローマ」として、奇跡的な復興を遂げた
ローマ帝国の都市カルタゴに、花開いた文化です。
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海洋民族フェニキア人を祖先に持つ、カルタゴ国の遺品は
美しい石棺や、緻密なアクセサリーなど
ため息が出るほど、素晴らしいものばかり。
なかでも、Oつがいの目を惹いたのが
細かな天然石を1つ1つ敷き詰めた装飾美術「モザイク」です。
特に、海皇ポセイドンが描かれた、巨大なモザイクが
Oつがいは、すっかり気に入ってしまいました。
小さなレプリカでもいいので、欲しかった。
Oつまは、ポストカードが売っていないか
お土産コーナーを、必死に探していましたが
結局、売ってはいませんでした。残念。

カルタゴ国は、ローマ帝国に、破壊しつくされ
遺物は、ほとんど残っていないと、されていますが
わずかに残された、これらの遺物を見ただけで
カルタゴ国が、どれほど素晴らしい文明を、誇っていたか
実感できます。
そのカルタゴ国を滅ぼした、ローマ帝国も
やがては滅び・・・歴史は、栄枯盛衰の繰り返しですね。
いい展覧会でした。
さっそく、カルタゴの遺物や、遺跡を見に
チュニジアへ、行きたくなってしまいました。
しかしチュニジア・・・さすがに遠いなぁ。

ちなみに「古代カルタゴとローマ展」は、10月25日で
終了しています。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 18:22| ☔| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

不忍池

国立科学博物館を出て、そのまま帰ってもよかったのですが
久しぶりに、上野まで出てきたので
上野公園の周りを、ぐるっと散歩していく事にしました。

てくてく歩いていると、目の前に、いかにも歴史のありそうな
和菓子やさんを、発見しました。
しかしO夫は、和菓子に興味がないので、そのまま素通り。
Oつまは、ちょっと(かなり)残念そう。

和菓子やさんのすぐ先にあったのが、谷中七福神の1つ
大黒天にゆかりのある、護国院。
境内には、立派な能楽堂があります。
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こちらが、本堂。
ちゃんと、お参りもしました。
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護国院を出た後、「水月ホテル鴎外荘(森鴎外旧居跡)」の
前を通過。
写真を撮って行きたかったのですが、熱心に鴎外荘を撮影している
先客がいたので、取材は諦め、そのまま、不忍池方面へ。

不忍池は、一面蓮だらけ。
蓮の向こうに見えているのは、弁天堂。
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不忍池の畔にあるのは、台東区立下町風俗資料館。
見学して行こうかな?と、思ったものの
こういう場所は、山の先生、N水指導員と来たほうが
面白そうなので、今回は我慢です。
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台東区立下町風俗資料館の前では、骨董市が開催中。
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ちょっと覗いてみると、実に怪しい・・・
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本当に怪しいのか?
それとも、Oつがいが、目利きでないだけなのか!?
いずれにしても、上野界隈は、奥が深くて、面白い!
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:39| ☔| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

トリノ・エジプト展&黄金の都シカン

東京都美術館にて、開催されていた
「トリノ・エジプト展」に、行ってきました。
今まで、イタリア国外に出たことのない
エジプト遺物約120点が、日本で初公開されます。
今回、はるばる日本にやってきたのは
すべて、トリノ・エジプト博物館の所蔵品。
トリノ・エジプト博物館には
有名な大英博物館と、カイロ博物館に次ぐ規模の
エジプト美術の所蔵品が、あるとのこと。
その、コレクションの豊かさは
「メンフィスとテーベへの道は、トリノを通過している」
とまで、表現されているそうです。
今回の目玉は、何といっても
門外不出といわれてきた、ツタンカーメン王の石像。
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他にも、幼児のミイラや、死者の書など
興味深い考古物を、たくさん見ることができました。
本場のトリノ博物館では、いかにもイタリアらしく
彫像などを、シックなレイアウトで展示してあるそうです。
写真を見て、ぜひ行ってみたくなりました。

「トリノ・エジプト展」を、堪能した後は
そのまま、国立科学博物館へ。
ここで、開催されていたのは
「黄金の都シカン展」。
中南米の文明に興味のある、Oつがいには
見逃せない、展覧会です。
こちらの目玉は、ロロ神殿・東の墓で発見された
「シカン黄金大仮面」。
そして、このシカン・ロロ神殿の
発掘のリーダーを、つとめているのは
日本人の、大学教授なんです。
展示の合間の、各ポイントには
発掘の様子が、映像を使って流されており
分かりやすい、構成になっていました。
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実は前回、初めて開催されたシカン展を
Oつまは観ています。
今回、さらに発掘規模が広がったことで
むしろ、謎はより深まった感がありました。
黄金でできた遺物は、いずれも素晴らしいものですが
シカンの人々の生活、風俗については、まだまだ
わからないことが、多いのです。

展示物を、すべて見終わり
大満足のうちに外に出ると、臨時の売店が。
子供たちにも、大人気です。
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メニューには、インカコーラや、サボテンジュースの文字が。
サボテンジュースを、注文してみました。
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早速、飲んでみると
「・・・ん?この味知ってる!」
飲んでから、思い出しました。
メキシコに行ったとき、サボテンジュースは
飲んでいたのです。
こんな事なら、インカコーラにしておけば良かったな。

「黄金の都シカン展」は、すでに終了しています。
「トリノ・エジプト展」は、東京での開催を終え
宮城県美術館(10月17日〜12月20日)
静岡県立美術館(2010年、6月12日〜8月22日)
の予定で、開催されるようです。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 23:16| ☔| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

海のエジプト展

行ってきました「海のエジプト展」。
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会場は、思っていたより、はるかに広く
ゆっくり全部見てまわると、かなりの時間が、かかります。

3つの幻の都市ごとに、展示内容が分かれていました。
最初に現れるのは
「Canopus」カノープス。
−聖なる癒しの都−
セラピス神をまつる大きな神殿があり、たくさんの巡礼者が
訪れた町。
(パンフレットより、抜粋)
ここでの見所は、デカンの祠堂や、王妃の像(アルシノエ2世)。
首は失われていますが、王妃の像は、妖艶で美しかったです。

2つ目の町は
「Heracleion」ヘラクレイオン。
−神々とファラオが出会う都−
エジプトと地中海世界との玄関口、そして
ヘラクレスに捧げられた大神殿が、あった町。
(パンフレットより、抜粋)
ここでは、この展覧会の、ポスターにも使用されている
ハピ神の巨像、ファラオの巨像、王妃の巨像を
ほぼ完全な姿で、見ることができました。

最後に現れる町は
「Alexandria」アレクサンドリア。
−クレオパトラが愛した都−
アレクサンドロス大王によって建設され、プトレマイオス朝の
王都として、栄えた町。
(パンフレットより、抜粋)
ここでは、ハヤブサの頭部を持つスフィンクスや
カエサリオンが、展示されています。
どこか、拗ねたような表情のカエサリオン像は、当時の
型にはまらない、自由な文化を感じさせました。

3つの、伝説の都市を観てまわった後は
センターサークルにて、水中発掘現場を再現したコーナーや
発掘現場の、バーチャル体験シアターを、見学できます。
ここには「古代エジプトの香り」体験コーナーもあり
乳香など、当時の色々な香りを、楽しむ事ができるのですが
目玉は、何といっても、クレオパトラ7世のつけていた
香水を再現したもの。
その匂いを嗅いでみた、O夫の感想は
「夜の銀座の蝶の香りだ」
当時の男性たちは、きっとこの香りで、イチコロだった事でしょう。

ちなみに、海のエジプト展は、9/23をもって終了しています。
いつもながら、更新が遅くて、申し訳ありません。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 20:42| ☁| Comment(6) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

メキシコ20世紀絵画展

8月のある暑い日、世田谷美術館で開催されていた
「メキシコ20世紀絵画展」に、行ってきました。
何度か訪れて、今やすっかりメキシコ好きの、Oつがい。
今回は、ちょっと違う視点から、メキシコを堪能します。
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今回のお目当ては、日本初公開の
フリーダ・カーロ作「メダリオンをつけた自画像」。
入館すると、最初に展示されていました。
小さな絵ですが、さすがの迫力です。
当然ながら、写真撮影は、できないので
チラシの写真で、ご勘弁を。
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フリーダ・カーロの後は、メキシコ芸術の真髄を
時系列で、学びます。
メキシコの芸術家といっても、Oつがいが知っているのは
フリーダ・カーロの夫である、ディエゴ・リベラや
シケイロスくらい。
あとは、ガイドブックで、名前を見た事がある
ルフィーノ・タマヨ、オロスコ・・・
「みんな、壁画で有名な、画家じゃなかったっけ?」
この程度の、レベルでした。
ですが、1つ1つの作品を、見ていくうちに
その素晴らしさに、感動。
中でも、特に気に入ったのは
若くして亡くなったので、作品数も少なく
あまり、名前も知られていませんが
サトゥルニノ・エランの作品群。
どれも、本当に素晴らしかったです!

こうして、メキシコ芸術、そしてメキシコという国が
ますます好きになった、Oつがいを
更に驚かせたのが、併設されていた
「利根山光人とマヤ・アステカの拓本」展。
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恥ずかしながらOつがい、利根山光人さんを
知りませんでした。
マヤ・アステカの遺跡の、レリーフの拓本を
数多く、とられた画家だそうです。
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これも、写真撮影ができないので
皆さんに、お見せできないのが残念。
オカルトマニアには有名な(ロケットを表現していると
言われている)王墓の石蓋や
昨年Oつがいが、ユカタン半島にある
チチェン・イツァ(世界遺産)を訪れた際に見た
ジャガーのレリーフの、拓本もあり
懐かしさと共に、その素晴らしさに、改めて感動しました。

写真は、ユカタン半島と、その周辺にある
主な遺跡の場所を、記した地図。
利根山画伯は、これらの遺跡を訪れ、多くのレリーフの
拓本をとられたそうです。
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本当に、素晴らしい作品を、見せてもらいました。

ちなみに、「メキシコ20世紀絵画展」
「利根山光人とマヤ・アステカの拓本」の両展示は
すでに、終了しています。
記事が遅くて、申し訳ありません。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:32| 🌁| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

逗子 セーリング-2-

何とか無事、岸にたどり着き
昼食をいただきながら、午後の相談。
雨は止み、薄日すら差してきました。
「しかし、風が吹かないと、どうにもならないしね〜」
などと話していた、ちょうどその時
ピュ〜ッと、強い風が。
海上を見ると、沖合いには、たくさんのヨットが
帆を、広げています。
「よし、風が来た!」と一同、急いで浜辺へ移動し、出港!

・・・あれ?あれ?
我らのヨットが、出港した途端
ふたたび、ピタリと止んでしまった風。
しかし、すでに出港してしまったので
仕方なく、そのまま漂っていると
左手には、逗子マリーナ。
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正面には、うっすらと、江ノ島。
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右手には、葉山マリーナ。
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ヨットのまわりには、漂うクラゲという
絶好?の、ロケーション。
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ここらで、アンカーを打ち
皆さん、釣りタイム。
2本の竿を使い、交代で挑戦です。
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あたりはあるのですが、吊り上げるまではいたらず
「今日は、ここまでかな?」と、誰もが思ったその時
クルーの1人、T氏の竿に当たりが!
釣り上げたのは、オハグロベラ(雌)
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結局、本日の釣果は、この1匹のみ。

陽も、傾いてきたので
そろそろ、帰港することになったのですが
さらに事態は悪化!風が・・・完全な無風です。
ヨットが、まったく前に進みません。
ここで、オハグロベラを釣り上げたT氏が
海に飛び込み、バタ足で、ヨットを押し始めました。
N水さんと、Oつがいは、手で水をかき
何とかヨットを、前に進ませようとします。
こんなことなら、ふだん愛用のフィンを
持ってくるんでした。
結局、僅かな距離を、1時間以上かけて
岸に、到着。

教訓:ヨットは、風のあるときに、乗りましょう!
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:17| ☔| Comment(10) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

逗子 セーリング-1-

本当なら、小川谷へ、沢登りに行くはずだった
とある日曜日。
天候不順で、あえなく中止。
・・・となるはずでしたが、沢登りのメンバーだった
スージー部長から
「逗子に、私のヨットがあるので、乗りにいきませんか?」との
お誘いが。
ヨットは、乗ったことがないし
面白そうな事には、すぐに食いつく、Oつがい。

待ち合わせの、逗子駅から、10分ほど歩くと
スージー部長のヨットが置いてある、艇庫に到着。
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Oつがいには、どれも同じに見えますが
ちゃんと、自分のボートを見つけて(当たり前)
準備開始。
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ヨットの下に、車を装着し、海岸へ移動します。
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海岸までは、人海戦術で、ヨットを押していきます。
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海岸に到着すると、早速、組み立て開始。
何をしていいか分からない、初心者のO夫が、ウロウロしていると
「今日は、傍観者でいいよ」と、スージー部長。
人出がいる作業の時だけ、ちょこっとお手伝い。
Oつまは、撮影担当です。
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帆を張ったら、小雨降る中、いざ出港!
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・・・ん、ん!?
ヨットが、前に進みません。
そういえば、風がない・・・
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それでも、たま〜に吹く風を捉えて
船は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、沖へ。
沖では、今流行っている(らしい)
スタンディングと呼ばれる、ボード遊びをしている人が
大勢いました。
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スタンディング中の皆さん、そろそろ岸に戻りたいんですが
そのオール、ちょっとだけ、貸してもらえませんか?
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:09| ☔| Comment(6) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

江ヶ崎跨線橋

ある日、新聞を読んでいると
どこかで見たことのある、橋の写真が
載っていました。
記事を、よく読んでみると・・・

かつて「東洋一」と言われた
貨物列車中継基地「新鶴見操車場」の跡地のシンボル
「江ヶ崎跨線橋」(全長約180m)の解体工事が、本格化する。

・・・読売新聞より、抜粋。

「ん?新鶴見操車場?江ヶ崎跨線橋?」
うちから、歩いて行ける所じゃん。

というわけで早速、行ってみました。
こちらが、新鶴見操車場の跡地。
遠くに見えている橋が、江ヶ崎跨線橋です。
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1929年(昭和4年)に完成し、91年に
「かながわの橋100選」にも、選定された、土木遺産。

・・・読売新聞より、抜粋。

近づいてみると、すでに一部、解体作業が始まっていました。
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橋の隣には、歩行者と自転車が通れるように
仮設の橋が、作られています。
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よく見ると確かに、だいぶ老朽化していますね。
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江ヶ崎跨線橋のそばには、他にも橋が
いくつも、架けられているので
Oつがいが、この橋を渡る機会は
ほとんど、ありませんでした。
こうして、閉鎖されているのをみると
「もっと通っておけばよかったな」と、哀惜の気持ちも。
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さらに、読売新聞の記事によると・・・
鉄骨は、英国からの輸入品で
西側2連(約125m)は、垂直と斜めの鉄骨を組み合わせた
「プラットトラスト構造」。
1896年(明治29年)に架けられた、常磐線の隅田川鉄橋を転用した。
東側1連(約30m)は、鉄骨を直径約20cmの
巨大接合ピンで留めた「ポニーワーレントラス構造」で
東北本線荒川鉄橋から、転用された。

いずれにしても、とても貴重な文化遺産のようです。
近隣住民や、横浜市などからは
「何らかの形で、後世に伝えたい」という声が
あがっている、とのことでした。

いい形で、残せるといいですね。
posted by Oつがい(O夫、Oつま) at 22:09| ☁| Comment(2) | ぶらり、近隣散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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